ディープインパクトが競馬史に残した5つの伝説レース

伝説の名馬「ディープインパクト」

競馬における名馬を語る上で欠かせない存在の一頭は「ディープインパクト」だと思います。サイレンススズカやナリタブライアンにオルフェーブルなど様々な名馬がいますが、中でもディープインパクトが競馬史に残した印象はかなり強かったと思います。

全14戦で12勝と凄まじい成績を残しましたが、その2敗にもドラマが詰まっています。現在では種牡馬として活躍しており、ディープインパクト産駒の馬たちの活躍も目立ちます。そんなディープインパクトが残した強烈な「伝説レース」を5つご紹介したいと思います!改めて「化け物級」の強さを再確認してみてください♪

 

ディープインパクトの成績

まずは最初にディープインパクトの成績について軽くご紹介していきたいと思います。

2004年12月19日に開催された新馬戦でデビューし2006年12月24日に開催された有馬記念で引退をしました。その間たったの”2年”でしたが、競馬ファンはもちろん興味がない人でも名前を聞いたことがあるというくらい有名な馬です。国内で出場したレースの単勝オッズは全て1.3倍以内。後でもご紹介しますが「菊花賞」では単勝オッズ1.0倍ととんでもない期待を背負って走っていた馬でした。

成績は国内外合わせて14レースに出場し12レースで勝利。たった2回だけ黒星が付いています。また国内のレースでは全て1番人気でした。

  • 新馬戦(2004/12/19):1着
  • 若駒S OP(2005/01/22):1着
  • 報知杯弥生賞 G2(2005/03/06):1着
  • 皐月賞 G1(2005/04/17):1着
  • 東京優駿 G1(2005/05/29):1着
  • 神戸新聞杯 G2(2005/09/25):1着
  • 菊花賞 G1(2005/10/23):1着
  • 有馬記念 G1(2005/12/25):2着
  • 阪神大賞典 G2(2006/03/19):1着
  • 天皇賞春 G1(2006/04/30):1着
  • 宝塚記念 G1(2006/06/25):1着
  • 凱旋門賞 G1(200610/01):失格
  • ジャパンカップ G1(2006/11/26):1着
  • 有馬記念 G1(2006/12/24):1着

OP以下は新馬戦のみで1戦1勝、OPは若駒Sのみで1戦1勝、G2は3戦3勝、G1は9戦7勝という成績でした。またシンボリルドルフ以来史上2体目となる無敗の3冠馬となり、印象的なレースだけではなく記録としても歴史に名を刻んでいます。

また全14レースの全ての騎乗を武豊さん担当しています。技術や熟練のレース展開を読む力など脂がのっている武豊さんとのコンビにも注目が集まっていました。

ディープインパクトの伝説レースその1:皐月賞

クラシックレースの1冠目である「皐月賞」についてまずはご紹介します!新馬戦、若駒S、弥生賞とクラシック路線を順当に勝ち続けてきたディープインパクト。人気はもちろん1番人気で単勝倍率は1.3倍とぶっちぎりでした。18頭中14番と比較的外枠に入りました。後ろから足を貯めて直線で一気に前に出る競馬を得意とするディープインパクトは外枠への不安はなく、むしろ好都合のようにも言われていました。

結果から言えばマイネルレコルトやアドマイヤジャパンなどのライバルたちを蹴散らし1着でした。しかしその勝ち方に”インパクト”を残します。

ディープインパクトはスタートがかなり苦手で出遅れる印象がありますが、この皐月賞でもかなりの出遅れとなり後方からの競馬を余儀なくされます。最初のコーナーで先頭から10馬身近く離れてしまいます。しかし武豊さんは落ち着いて騎乗。向こう正面にから早くも前との差を詰めて行きます。最終コーナーから直線に入る頃にはすでに前から10番くらいまで上がっています。

ここから一気に撒くっていくのですが何が凄いってムチをほとんど打っていないのです。直線に入るギリギリで2回くらい入れた後はムチを使うわずにグングンと伸びていきます。残り200mとなった時には先頭に立ちます。そのままのスピードで残り200mを”軽く”走って見事勝利を収めます。一度見たら忘れない走りですよね。ゴールするころは必至に全力で走っているというよりは軽いジョギングをしているようにも見えるのです。最初に出遅れたにも関わらず余力を残して2着に2馬身以上の差で勝利というのは「化け物」と呼ばれても仕方がないと思います。すでに強い馬だと知れ渡っていましたが、この皐月賞で確実なものにしてしまいます。

ディープインパクトの伝説レースその2:ダービー

クラシック2冠目となる「東京優駿 ダービー」も伝説レースの一つです。皐月賞で勝利してから初のレースとなりますが、皐月賞での”インパクト”の影響か単勝倍率は1.1倍と皐月賞の時よりも圧倒的な人気となります。18頭中5番という枠になったディープインパクト。中でもまれる心配もありましたが、内というのは悪くありません。

しかしもまれる心配はレース開始直後になくなります。

それは相変わらずの出遅れがあったからです。作戦なのか?というくらいいつも出遅れますが、ディープインパクトなら問題はなし。いつも通り後方に陣取ります。なるべく他の馬の影響を受けない位置。なるべく内で回れる位置に付けて根こそぎ追い抜くチャンスをうかがいます。ダービーは2400mあるのでなるべく内で体力を温存する方が最後の直線に全てをつぎ込むことができます。

最終コーナーに差しかかる時、早くも中団にの位置に。しかもさっきまで内を走っていたのに、コーナーでは外に持っていっています。ディープインパクトが負ける時は前が開かずに抜くことができない時ですが、流石は武豊さんです。この辺のテクニックは凄いものがあります。

そして直線勝負。東京競馬場の直線は長いと言われているのでディープインパクトが抜き去るのには格好の競馬場ですね。芝が綺麗な外側を走るディープインパクトに勝てる馬はこの時はいませんでした。2着でフィニッシュした「インティライミ」もかなり粘りましたが最終的には5馬身も離れていました。

この頃からディープインパクトだけ”早送り”されているようだと圧倒的なスピードに磨きがかかっていきます。危なげなく無敗で5勝目、クラシック2冠を収めるのです。

ディープインパクトの伝説レースその3:菊花賞

3つ目の伝説レースはクラシック3冠がかかった大舞台「菊花賞」です。ダービーの後にG2の神戸新聞杯に出場しライバルたちを蹴散らし勝利をしているのでこの時点で無敗で6勝で下。さらに最後のクラシック「菊花賞」を勝つことができればシンボリルドルフ以来の史上2体目となる「無敗クラシック3冠」の偉業もかかっていました。

「シンボリルドルフ以来史上2体目」という重圧もありましたがファンたちの期待はそんなものお構いなし!まさかの単勝倍率1.0倍という衝撃の数値を記録します。それほど競馬ファンたちはディープインパクトの勝利を確信していました。すでに若駒Sで京都競馬場は経験値済だったのでマイナス要素ほほとんどありませんでした。不安があるとすればやはり出遅れですが、ほぼ毎レース出遅れてから勝利をしていたので問題とは言えなかったかもしれません。後方からの競馬を得意とするディープインパクトには好都合のこともありましたね。

16頭中7番となりました。遂に記録をかけた菊花賞がスタートします。いつもとは違い少し興奮状態にあったディープインパクト。スタートの出遅れはないものの後方ではなく中段の位置に付けるレース展開となります。この時のことを騎乗した武豊さんはスタート直後に折り合いを欠き、仕方なく強引に馬込みの中に入れたと話をしています。

必死に抑える武豊さんですがレース中もいつもとは違い少し興奮しているのは見て分かるほどでした。前、後ろ、横にライバルがいて囲まれた状態で道中を進んでいきます。

最終コーナーを回っている時は前から6番目あたりにつけ、気付けば絶好の位置にいました。そして直線に突入します。残り300m付近、いつものディープインパクトならエンジン全開でスピードを上げて追い抜いていくはずですが、この時はなかなかエンジンがかかりません。残り200mの時点でまだ先頭はアドマイヤジャパンで下。しかしここからが圧巻でした。200mを過ぎた時から一気に加速。「あ。勝ったな」と思うのに時間はかかりませんでした。一気に抜き去り最終的には2馬身の差を付ける快勝でした。この時に担当したアナウンサーの馬場鉄志さんは「世界のホースマンよ見てくれ!これが近代日本競馬の結晶だ!」と発言しFNSアナウンス大賞を受賞しています。

ディープインパクトの伝説レースその4:有馬記念

4つ目の伝説レースは「2005年有馬記念」になります。無敗のクラシック3冠を達成し、初の古馬たちとの対決となります。もちろん人気は1番で単勝オッズは1.3倍でした。すでに名馬の貫禄を出てきたディープインパクトですが、ここでファンたちの記憶に強く残るレース結果となります。

ゆったりとしたスタートで後方からの”いつもの競馬”を展開します。有馬記念は2500mあるので距離はダービーと同じくくらいですね。ディープインパクトの爆発を確信して後方で足を貯める武豊さん。見慣れた展開に見ている人たちも「これはいけるでしょう」と思ってみていたと思います。

しかし

直線に入ってもスピードが上がらず”早送り”されているようには見えない。これはギリギリになりそうだな。いや待てよ届くのか?前方に逃げるハーツクライが全く止まりません。結局そのまま2着でフィニッシュ。ディープインパクト史上初めて敗北となります。審議マークが点灯しディープインパクトの奇跡の復活も期待されましたが、着順に変動はなし。この時ディープインパクトは3歳ですが一つ年上のハーツクライに負けてしまうのです。

この敗戦もファンの記憶に強く残ります。全勝で引退という夢もありましたが、まさかの黒星でした。この時に「ディープインパクトも一頭の馬なんだ」と謎の安堵があった人も少なくないのではないしょうか?

ディープインパクトの伝説レースその5:凱旋門賞

最後の伝説レースは「凱旋門賞」です。凱旋門賞とはフランスで開催されるG1のレースで、競馬関係者の最大の夢の舞台になります。ディープインパクトが挑戦したのは2006年の凱旋門賞になります。これまで日本の馬も挑戦していましたが勝利した馬は0でした。日本の馬の初勝利の期待を背負って日本から飛び出します。

9頭中1番となりました。大きな出遅れはなく9頭なのでかなりギュッとなった道中でした。直線に入ると残り300mの時点で早くも先頭に立ちます。日本での競馬ならそのまま圧倒的な早さで2着以下を離していきますが、流石は凱旋門賞。強力な馬が集まっているのでそう簡単ではありませんでした。1着争いをしていましたが結局先頭の馬に離され、最終的に後ろから来た馬にも抜かれて3着でのゴールとなります。

”あの”ディープインパクトですら勝てない。という事実は日本に衝撃を与えます。世界の壁が高すぎると。

さらに衝撃的なニュースが飛び出します。ディープインパクトが禁止薬物が検出され失格となってしまうのです。レース後の理化学検査で体内からイプラトロピウムが検出されたと発表されたのです。

まとめ

今回はディープインパクトの伝説のレースについて記事でご紹介しました。実際には全てのレースが伝説だと思いますが特に印象に残っている5つのレースに絞って紹介しました。

最後の凱旋門賞では失格となりましたが、それ以前に完全に力負けでレースに敗北したという事実が印象に残っています。その後も日本の馬が凱旋門賞に挑戦してますがまだ勝利した馬はいません。いつか日本の馬が凱旋門賞を先頭で駆け抜ける日が来ることを夢見ています♪