JRA最大のタブー!ディープインパクトのドーピング問題を徹底解剖

ディープインパクトの凱旋門賞での禁止薬物(ドーピング問題)検出事件は日本の競馬界を震撼させました。日本競馬史上6頭目の無敗の三冠馬で、日本調教馬としては史上初の芝部門で世界ランキング1位に輝き、JRA年度別代表馬にも輝いき史上最高馬の名馬の呼び声もあるディープインパクト。

日本調教馬初の凱旋門制覇の夢を日本国民全員が期待していたレースで、史上初の禁止薬物発覚による失格という汚点を残してしまいました。一体ディープインパクトのドーピング問題は何があったのか、何が原因でその時何があったのか。今なおJRAではタブーとされている大問題を詳しく解説していきたいと思います。

デビュー12戦目で凱旋門賞に挑戦

2002年にノーザンファームで誕生したディープインパクト。0歳時にセレクトセールに上場されたディープインパクトは金子真人オーナーに7000万円で落札されます。馬体が薄かった事を理由に、サンデーサイレンス産駒14頭のうち9番目の落札額だったので当時はそこまで大きな評価は得ていませんでした。ちなみにディープインパクトを購入した金子さんは「瞳の中に吸い込まれそうな感覚に襲われた」と後に証言しています。

多くの人々に強い衝撃を与える馬になってほしいという願いを込めて「ディープインパクト」という名前が付けられました。この馬が後に日本だけでなく世界中から注目を集めるスターホースになるとは、この時はまだ誰も知りませんでした。

21年ぶり史上2頭目の無敗の三冠馬

武豊騎手を主戦騎手に据えてデビューしたディープインパクトはデビュー戦から他の馬の追随を許さない圧倒的なレースを展開していきます。デビュー戦終了後に武豊騎手は「クラシックでも戦える」とインタビューで答えている程、デビュー当時から圧倒的な力を誇っていました。

そのままディープインパクトは無敗で格付けを上げていき、皐月賞、日本ダービー、菊花賞と制覇。シンボリルドルフ以来21年ぶり史上2頭目の無敗での三冠馬となります。ゴール前での馬場アナウンサーの実況「世界のホースマンよ見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だ!」という言葉は2006年のFNSアナウンス大勝を受賞する程、大きな話題となりメディアからも大きな注目を集めます。

無敗の三冠馬となったディープインパクト陣営は年内に後1レースするという方針を示します。ターゲットになったのが出走馬を投票で決める年末最大のレースである有馬記念。ディープインパクトは当然1位選出となる16万297票を集め、会場となる中山競馬場には前年比129.6パーセントとなる16万2409人もの大観衆が押し寄せます。

古馬との初対決となった有馬記念でディープインパクトは8戦目にして初黒星となる2着になります。1着に輝いたのはハーツクライで半身及ばす惜しくも2着という結果になり、武豊か騎手はレース後に「今日は飛ぶような走りではなかった。普通に走ってしまった」とコメントしています。

凱旋門賞挑戦と引退

2006年もディープインパクト旋風は衰えることを知りませんでした。初黒星を喫した有馬記念以降は順調に勝利を重ね、ついにディープインパクトは日本の競馬界念願である凱旋門賞に挑戦する事になります。しかし結果は3着、さらに禁止薬物が検出され失格という前代未聞の結果になります。ここの詳細は下で詳しく解説していきます。

帰国後はジャパンカップで1着、有馬記念で1着に輝き、ディープインパクトは引退をします。引退レースとなった有馬記念は完璧なレース展開で、武豊騎手が「生涯最高のレースができた」「今までにないくらい、強烈な『飛び』だった」と言うほどのレース内容でした。

このレースでシンボリルドルフやテイエムオペラオーに並ぶ史上3頭目の中央競馬GI7勝の最多タイ記録を達成し、獲得賞金ランキングでもテイエムオペラオーに次ぐ単独2位にランクインします(※両方とも当時)。その後、繁殖馬入りし、数多くの名馬を誕生させていき、そこでもディープインパクト旋風を巻き起こしていくのです。

日本中が注目した第85回凱旋門賞

ディープインパクトが参加した第85回凱旋門賞は日本中から大きな注目を集めました。日本馬は凱旋門賞で今まで一度も勝った事がなく、凱旋門賞は世界のホースマンが勝つ事を夢見る世界一のレースです。日本近代競馬界の最高傑作であるディープインパクトがどれだけ通用するのか、勝てるのか負けるのか…世界中が注目しました。

ディープインパクトが圧倒的な一番人気

凱旋門賞は世界中の競馬ファンが注目する一大イベントです。前売り段階ではイギリス大手のブックメーカーはハリケーンラン、シロッコ、ディープインパクトの3頭を3 – 4倍程度に設定していました。この三強のうち誰かが1着になるという見方が強く、三強が強すぎるせいで凱旋門参加を回避した馬が多かった事から、第85回凱旋門賞の出走馬は全部で8頭という少頭数でのレースとなりました。

しかしフタを明けてみれば現地フランスに押し寄せた大量の日本人客の影響もあり、最終オッズはディープインパクトが断トツ一番人気の1.5倍。ハリケーンランとシロッコのオッズは5倍まで増えていくという事になります。ここでも日本人だけでなく、世界中の多くの人がディープインパクトの1着を期待していたという事が分かります。

三強が負けるまさかの展開

第85回凱旋門賞で1着争いをすると言われていた、断トツ人気のハリケーンラン、シロッコ、ディープインパクトの3頭は期待通りの走りを見せる事ができませんでした。1着に輝いたのはレイルリンクという伏兵馬。勝ったレイルリンクは道中は完全にディープインパクトの直後につけていました。追い出しも早めでしたがディープインパクトの外に持ち出すと加速がつき、一気に並びかけ競り落とすというレース展開になります。

三強と呼ばれたうちのハリケーンランは道中はディープインパクトの内に入る4番手で進んだものの前がまったく開かず馬の反応も悪いまま4着。シロッコは2番手で進むものの、ディープインパクトに交わされるとその後はズルズル後退してしまい、最下位8着に沈みます。ディープインパクトは3着に入るものの、同年10月19日にレース後の理化学検査で体内から禁止薬物が検出されたと発表されて失格。由緒正しい凱旋門賞でのドーピング発覚からの失格という前代未聞の事件は世間を騒がせます。

日本中が注目!レースは高視聴率を記録

ディープインパクトが日本初の凱旋門賞を制覇するかどうかは日本国中で大きな話題になっていました。レース前からテレビCMが数多く放映され、日本中央競馬会 (JRA) では馬券が購入できないにも関わらず凱旋門賞の宣伝CMを放送するほどの熱の入れようであり、NHKも地上波で生中継する事になりました。

この競走のテレビ中継の平均視聴率は関東地区で16.4パーセント、関西地区で19.7パーセント、さらに瞬間最高視聴率は関東地区で22.6パーセント、関西地区で28.5パーセントとなり、深夜にもかかわらず高視聴率を記録します。

更にフランスで開催された凱旋門賞の入場者数も約60,000人のうち日本人が1割を占める6,000人と発表されました。しかし日本人が競馬場開門と同時にスタンドにめがけて走ったこと(いわゆる「開門ダッシュ」)、レーシングプログラムを取るため配布場所に押し寄せたことなどはイギリスやフランスでは競馬場に社交場という一面があるため、日本人のマナーの悪さとして大問題になります。日本人と海外の人の競馬感の違いがここで出てしまったという訳です。

日本国内でもウインズ後楽園・ウインズ道頓堀・プラザエクウス渋谷の3箇所でパブリックビューイングを行いましたが、全て2,000人以上の観客が集まります。日本国中が世紀の瞬間を目撃しようと、沢山の人が注目していたのです。

真相に迫る!ディープインパクトのドーピング問題

第58回凱旋門賞で3着に入るものの、後に禁止薬物が体内から検出された為に失格となったディープインパクト。凱旋門賞で禁止薬物による失格は史上初、更にディープインパクトと言う事で日本国内のみならず世界中で大きなニュートとなりました。一体なぜディープインパクトの体内から禁止薬物が検出されてしまったのでしょうか?その点について詳しく解説していきたいと思います。

咳止め薬が原因?

凱旋門賞のレース終了後、2006年10月19日にレース後の理化学検査で「ディープインパクトの体内から禁止薬物イプラトロピウムが検出された」とフランスの競馬統括機関であるフランスギャロが発表します。ディープインパクトは3着から失格となりました。事件が発覚した際、同馬の調教師である池江泰郎がフランスギャロに提出した弁明書によると…

ディープインパクトは9月13日からせき込むようになり、21~25日にフランス人獣医師の処方によりイプラトロピウムによる吸入治療を行った。その間2度、吸入中にディープインパクトが暴れ、外れたマスクから薬剤が飛散し馬房内の敷料(寝ワラなど)、干し草に付着。それをレース前日から当日の間に同馬が摂取し、レース後まで残留した可能性が高い。

このような内容でした。凱旋門で禁止薬物による失格はディープインパクトが初。管理していた池江には15,000ユーロ(日本円換算約227万円)の制裁金を科され、同年11月29日にJRAは同馬に同行した日本人開業獣医師に対し、JRA診療施設の貸し付けを同年12月4日から翌2007年6月3日まで6カ月間停止する処分を行うなどの厳しい処置が取られました。

体内から検出されたイプラトロピウムって何?

ディープインパクトの体内から検出されたイプラトロピウムは、人間への使用だけでなく、馬に対しても呼吸器疾患に使われる薬物です。使う事自体は認められているものの、体内に残った状態で走る事をフランスでは禁止しています。ちなみに日本ではこの薬物が市場で流通していないので禁止薬物に指定はしていませんでした。

JRA馬事部の伊藤幹副長は「イプラトロピウムは競走能力に影響を及ぼす明らかな禁止薬物である」という見解を述べ、また「これまで日本では使われていなかったが、今後使われる危険性が非常に高い」と判断した事を発表します。その後、イプラトロピウムが日本でも禁止薬物に追加される事になりました。

まとめ

ディープインパクトと禁止薬物の話題は現在でもJRA最大のタブーとされている程に禁止ワードのようになっていて、テレビやメディア上でも語られることはほとんどありません。批判の対象となっているのは池江調教師で、薬を投与しなければならない状況だったにも拘らず、ディープインパクトの正確な状態について何ら言及せずそのまま凱旋門賞に出走させたことや、薬物疑惑が発表されてからも口を閉ざし続けたことに関し、説明責任を果たしていない点及び説明責任を果たそうとする態度や対応が無い点について大きな批判を浴びました。

ディープインパクトが素晴らしい馬である事は間違いありませんが、このドーピング問題により大きく評価を落とし、人気を欠落させたことは否めません。実際にドーピング問題があった後の有馬記念の投票では大きく票数を落とし、アンチと呼ばれる人も多く生まれてしまいました。

ディープインパクトとドーピング疑惑の詳細をまとめて紹介してきましたがご理解頂けましたでしょうか。凱旋門賞史上初の失格馬となってしまったディープインパクト。汚名を残してしまいましたが、日本競馬界最高クラスの名馬であり、現在も繁殖馬として日本競馬界に貢献しているという事実も揺るぎません。